広島での朝食バイキングは種類が豊富で、でも多すぎず、ご当地グルメもあり満足でした。
チェックアウトし、車をそのまま駐車場に置き、歩いて広島城まで向かいました。
広い道路が横たわっているので地下街を通り、最短で到着。
毛利元就が中国地方の大半を支配する戦国大名に成長し、
後を継いだ孫の輝元が秀吉の大阪城を見物し、
城下町と一体化して政治・経済の中心地として機能する城郭の必要性を痛感して
急ピッチで整備が進められ、完成に至りました。
明治以降は旧陸軍施設が設けられ建物が次第に削減、
その後出火や昭和20年の原子爆弾により城内の建造物はすべて壊滅。
現在の天守閣は1959年に復元されました。
この広島城、コンクリートの劣化や設備の老朽化などから安全面を考慮し、
68年の歴史に幕を閉じ、3月22日に内部の見学を終了します。
城内部に展示されている資料は、今建設中の三の丸歴史館に移転されます。
右にマツダスタジアム、中央遠くには原爆ドームが見えます。
最上階からの景色も見納めです。
被爆樹木クロガネモチの木が今も力強く生きています。
どの角度から見ても美しい!!
駐車場に戻り、三原駅の手前本郷駅近くの新高山(にいたかやま)城に向かうことにしました。
本郷生涯学習センターで続100名城スタンプを押した後、
マックスバリューのイートインで昼食を取り、いざ、お城を目指します。
民家横の駐車場に止め、細い登山道を登っていきます。
誰一人歩いてなくて、熊でも出たら怖いのでスマホのラジオの音量を上げて40分ほど登ると、
少しずつ開けた場所が現れ始め…
本丸跡に到着。
出石の有子山城に比べたら楽でしたが、よくぞこんな山の上にお城を・・・
1552年毛利元就の三男小早川隆景が高山城に入城した1年後、
本拠を船木山に移し新高山城としました。
城の縄張りは東西400mにおよび、曲輪(くるわ)は頂上尾根や鞍部を巧妙に活用されていたとか。
45年間続いた新高山城は小早川隆景が三原城に移った1596年に廃城となりました。
詰の丸跡から、眼下に本郷町が望めます。
枯葉で滑りそうになりながらも無事下山し、帰途につきました。
新高山城があった船木山
2泊3日の岡山、広島の旅。
岡山城、福山城、三原城、広島城、新高山城の5城を巡って終了。
同時に道の駅スタンプを夫が集め、美味しいもの食べて、たくさん歩いて、楽しかった!
次は「ばけばけ」の舞台、松江城や米子城、鳥取城あたりを計画中です。
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